金融

割引現在価値と期待収益率の関係

期待収益率についてはこちらで、割引現在価値についてはこちらの方で解説した。ここでは、期待収益率と割引現在価値の関係について説明する。実は、割引現在価値は期待収益率を含む概念で、期待収益率は割引現在価値の計算から導き出される。以下ではその関係を明らかにする。

期待収益率

期待収益率とは、ある資産カテゴリーにおける1年あたりの収益率の期待値を指す。

期待収益率の関係式

期待収益率の関係式は次のようなものである。ここで用いる各数値は、すべて将来の不確実性を含む予測値に基づくものである。

期待収益率の関係式

期待収益率 = 無リスク利子率 + リスクプレミアム
      = インカムゲイン + キャピタルゲイン

無リスク利子率とリスクプレミアム

期待収益率は、無リスク利子率とリスクプレミアムの合計として捉えることができる。

無リスク利子率とは、デフォルトや価格変動のリスクがない短期債券の利回りを指す。リスクのない資産であっても、無リスク利子率分だけ資産価値は増加するため、リスクを伴う資産の期待収益率は、少なくとも無リスク利子率を上回る必要がある。実務上は、1年満期の国債の利回りを無リスク利子率の近似として用いることが一般的である。

リスクプレミアムとは、価格変動やデフォルトなどのリスクを伴う投資に対して、無リスク利子率に上乗せされるリターンのことである。株式や不動産などのリスク資産が、無リスク資産と同じ利回りで取引されることはない。リスクに見合った追加的な収益がなければ、投資家はそうした資産を保有しないからである。このリスクに応じて支払われる追加的利回りが、リスクプレミアムである。一般に、リスクの大きい投資ほど、より高いリスクプレミアムが要求される。

インカムゲインとキャピタルゲイン

期待収益率は、インカムゲインとキャピタルゲインの期待値の合計としても表現することができる。

インカムゲインとは、株式の配当や不動産の賃料収入のように、資産が保有中に生み出す現金収入を指す。不動産の場合、固定資産税や管理費、修繕費などの諸費用が発生するため、それらを差し引いた純収益をもってインカムゲインとする。

キャピタルゲインとは、株価や不動産価格の変動による資産価値の増減分を指す。建物などの減価資産においては、時間の経過による価値の目減りをマイナスのキャピタルゲインとして考慮する必要がある。また、地価や株価の変動に応じて資産価値が増減するため、その変化分を反映させる必要がある。

割引現在価値

割引現在価値とはなにか

割引現在価値とは、将来に得られる金額(キャッシュフロー)を、割引係数を用いて現在時点の価値に換算したものである。将来得られる1円は、受け取るまでの期間が長くなるほど、またリスクが大きいほど、現在の1円よりも価値が低くなる。このため、将来のキャッシュフローは、それに応じた割引係数で割り引いて評価する必要がある。ある資産の将来キャッシュフローの割引現在価値の総和は、その資産の現在の理論的価値となる。

割引現在価値の計算式

\(n\)年目の将来価値を現在価値に換算する際に用いる係数を割引係数といい、将来価値を1年間で割り引く比率を割引率という。\(n\)年目の割引率を\(r_n\)​、同じく\(n\)年目のキャッシュフローを\(X_n\)としたとき、\(m\)年後の時点から見た\(n\)年目のキャッシュフローに対する割引係数\(R_{n,m}\)は、次のように定義される。

\[ R_{n, m} = \prod _{i=m+1}^{n}(1+r_i)\]

この割引係数を用いることで、キャッシュフローの割引現在価値\(Y\)は以下のように表される。

\[ Y=\sum_{i=1}^{\infty}\frac{X_i}{R_{i, 0}} \]

上式では、将来のすべてのキャッシュフローが現在価値に換算されている。すなわち、各年のキャッシュフローをその年の割引係数で割り引き、それらを合計したものがキャッシュフロー全体の割引現在価値となる。

期待収益率が割引現在価値から導き出されることの説明

数式による導出

ある資産があり、その資産のキャッシュフローが \(X_i,​ (i = 1, 2, 3,…)\)で与えられているとする。このとき、当該資産の\(m+1\)年目以降のキャッシュフローについて、\(m\)年後の時点での将来価値\(Y_m\)は次のように表される。

\[Y_m = \sum_{i=m+1}^{\infty}\frac{X_i}{R_{i, m}}\]

ここでの将来価値\(Y_m\)とは、\(m\)年後の時点から見た、それ以降に発生するキャッシュフローの合計価値であり、すべてが\(m\)年後の現在価値に割り引かれていることを意味する。言い換えれば、\(Y_m\)は\(m\)年後の時点における、その時点以降のキャッシュフローの割引現在価値、すなわち資産価値である。なお、\(m\)年目までに発生するキャッシュフローの価値はこの\(Y_m\) には含まれていない。

この定義を用いることで、資産全体の現在割引価値\(Y\)は次のように書き換えることができる。

\[Y = \frac{X_{1}}{1+r_1}+\frac{Y_1}{1+r_1}\]

式の解釈

上の式の右辺の第一項は、今後1年間のキャッシュフロー(すなわちインカムゲイン)を1年間の割引率で割り引いたものである。すなわち、インカムゲインの割引現在価値を表している。

第二項は、1年後におけるこの資産の将来価値の期待値を、同じく1年間の割引率で割り引いたものである。言い換えれば、1年後以降に発生するキャッシュフローの現在価値、すなわち現在時点における将来価値の評価額である。

このとき、\(Y_1 - Y\)は現在から1年後までの資産価値の変化を示すものであり、キャピタルゲインとして解釈することができる。したがって、\(X_1 + Y_1\)は現在の資産価値に対して、今後1年間に得られるインカムゲインとキャピタルゲインの合計を加えた値と捉えることができる。これを1年間の割引率\(r_1\)で割り引いたものが、現在の資産価値と等しくなるという関係を上の式は表している。つまり、インカムゲインとキャピタルゲインの合計が、1年間の割引率に等しいことを意味している。

ここで、割引率が無リスク利子率とリスクプレミアムの合計であるとすれば、この関係式は期待収益率の定義と一致する。割引率として、無リスク利子率と資産固有のリスクに基づくリスクプレミアムの合計を採用することは合理的である。なぜなら、将来価値は、無リスク利子率による時間的価値の低下に加え、将来の不確実性に応じたリスクによってさらに価値が割り引かれるべきだからである。

つまりどういうことなのか

結局のところ、資産の期待収益率の説明とは、キャッシュフローの割引現在価値による分析を、今後1年間のインカムゲインとキャピタルゲインの合計と期待収益率(割引率)の関係として言い換えたにすぎない。すなわち、内容自体は変わっておらず、より直感的に理解しやすい形に書き換えたものである。しかしながら、このように期待収益率の形式に表現することによって、問題が大幅に単純化され、分析が格段に容易になるという利点がある。

ただし、キャピタルゲインの部分は、1年後以降のキャッシュフローの割引現在価値に相当するため、より繊細な分析が求められる点に注意が必要である。この点は極めて重要であり、表面的にはインカムゲインによって収益を得ているように見える場合でも、平均してキャピタルゲインで損失を被っているのであれば、その損失分を(負の)キャピタルゲインとして正確に評価しなければならない。

-金融