金融

資産の期待収益率について

資産の期待収益率の基本

金融における「資産(アセット)」には、現金、債券、株式、不動産、デリバティブなど、さまざまな種類が存在する。中には、現金のように他の資産と交換する手段として保有されるものもあるが、多くの資産は将来的に収益を得ることを目的として所有されている。

債券は、一定の期間ごとに利子(クーポン)を受け取り、満期時には元本が返済される。株式は、企業から配当が支払われるとともに、企業価値の変動に応じて株価も変動する。不動産は、地代や家賃といった定期的な収入が得られる一方で、土地や建物の価値自体も変動する。さらに、デリバティブと呼ばれる金融商品には、特定の条件が満たされた場合に支払いが行われるといった仕組みを持つものもある。

このように、多くの資産は、その収益性を目的として所有される。ある資産が一定期間(通常は1年間)に生み出す収益を「収益率」と呼ぶ。また、特定の資産カテゴリー(たとえば株式)における、一定期間あたりの収益率の平均値は「期待収益率」と呼ばれる。

収益率を指す用語としては、「アセットリターン」や「利回り」といった表現も用いられる。資産にはさまざまな種類が存在するため、それぞれの期待収益率も異なるのが一般的である。

しかし、現金のように交換手段としての役割が主である資産を除けば、多くの資産は、次に述べるように期待収益率が決まっている場合が多い(ただし、この点にはいくつかの注意が必要であり、それについては後述する)。

資産の期待収益率は、「無リスク収益率+リスクプレミアム」という構造と同時に、「キャピタルゲイン+インカムゲイン」という構造でも表される。つまり、無リスク収益率 + リスクプレミアム = キャピタルゲイン + インカムゲイン(すべて期待値)という等式が成り立つ。

資産の期待収益率の関係式

期待収益率 = 無リスク収益率 + リスクプレミアム
      = キャピタルゲイン + インカムゲイン

無リスク収益率(リスクフリーレート)

無リスク収益率とは、倒産やデフォルトといった信用リスクがなく、かつリターンの変動といった市場リスクも存在しない資産から得られる収益率を指す。たとえば、今から1年後まで確実に元本が保全され、決まったリターンが得られるような運用において、そのリターンが無リスク収益率となる。

無リスク収益率は、さらに「実質無リスク収益率」と「インフレ率」に分解することができる。インフレが進行している経済下では、物価が上昇し、それに伴い貨幣の実質的な価値が下がっていく。このような状況では、最低限インフレ率分だけ資産の収益率が上昇しなければ、資産の実質価値は目減りすることになる。

一般に、インフレ率が高くなると、それに対応してキャピタルゲインやインカムゲインの合計も大きくなり、結果として整合性が保たれる。このため、現実の経済状況を正確に分析するには、実質無リスク収益率とインフレ率とを区別して捉えることが重要である。

ただし、インフレを考慮すると議論が複雑になるため、本稿ではインフレ率がゼロである状況、すなわち名目と実質が一致するケースのみを扱うこととする。

通常、無リスク収益率は、国債のようにリスクがないとみなされている資産の利回りや、短期金利によって代替される。ここでは、不動産や株式といったリスク資産の収益率との比較を行うため、一般的な慣例に従い、1年満期の国債の利回りを無リスク収益率として用いる(なお、1年未満のデリバティブの価値を評価する際には、短期金利が用いられることが多い)。

銀行の定期預金では、通常、1年満期の利回りが同期間の国債の利回りよりも低い。この関係はほぼ常に成り立っており、ある程度の利回りの差が存在する。これは、銀行が預金者に対して業務を提供するためのコストを負担していることに起因する。したがって、銀行としては、国債よりも低い利回りで資金を調達しなければ採算が合わない。

このような理由から、株式など市場で自由に取引される資産の収益率を評価する際には、銀行の定期預金のような利回りの低い資産ではなく、国債のような市場性のある無リスク資産と比較するのが適切である。

リスクプレミアム

資産の期待収益率は、無リスク収益率とリスクプレミアムの合計として表すことができる。この関係は、後述するように現実をある程度単純化したモデルではあるが、資産評価に関する議論の出発点としては妥当である。

国債、不動産、株式といった資産は、それぞれ価格が変動するリスクを内包しており、期待収益率が無リスク収益率を下回る場合には、それを保有する経済的な合理性が失われる(もっとも、例外的に保有する意義が生じる場合もあり、それについては後ほど触れる)。

ここでは、リスクの大きさを、資産価格の1年あたりの変動幅の標準偏差によって捉えることとする。この価格変動の標準偏差は「ボラティリティ」と呼ばれ、一般にボラティリティの大きな資産ほど、より高いリスクプレミアムが要求される傾向にある。

たとえば、株式市場では、過去のデータからおおよそ年率20%程度のボラティリティに対して、年率5%前後のリスクプレミアムがついてきたという実績がある。不動産については、地域や用途によってリスクの水準が異なるため一概に言いにくいが、商業不動産の場合、年率10%程度のボラティリティに対して、3%前後のリスクプレミアムが見られた例が多い。

企業が発行する社債に関しては、その発行体の信用力(いわゆる格付け)によってリスクプレミアムが大きく異なる。信用リスクが高い企業ほど、投資家はより高いリスクプレミアムを要求する傾向がある。

キャピタルゲイン

キャピタルゲインとは、一定期間(一般的には1年間)における資産価値の上昇または下落を指す。資産価値が下落した場合には「キャピタルロス」と呼び分けることもあるが、本稿では便宜上、上昇・下落を問わず「キャピタルゲイン」の用語を用いることとする。

また、「キャピタルゲイン」および次に述べる「インカムゲイン」という言葉は、本来、収益と収益の両方の意味で使用されることがあるが、ここでは説明を簡潔にするため、その区別を行わずに用いていく。

たとえば、上場株式は株式市場で取引されており、株価は常に変動している。土地もまた、時には値上がりし、時には値下がりする。債券においても、金利の変動などにより債券価格が変化する。

資産価値が上昇すれば、その分だけ所有者は値上がり益を得ることができ、逆に資産価値が下落すれば損失を被る。このように、資産の収益率の構成要素のうち、第一に挙げられるのがキャピタルゲインである。

インカムゲイン

インカムゲインとは、一定期間(一般的には1年間)に資産から得られる収益を指す。不動産などの資産を利用している場合には、その使用による便益を収益と見なして評価することがある。たとえば、自ら所有する住宅に居住している場合には、実際に賃料を受け取っていなくとも、理論的には「帰属家賃」として収益があると考えられる。

株式からは、保有期間中に企業から配当金が支払われる。不動産からは、定期的に地代や賃料が発生する。債券の場合は、半年や1年ごとにクーポンと呼ばれる利払いが行われる(なお、クーポンのない割引債のような形式の債券も存在する)。

このように、資産を保有していることで、その資産から一定の収益(あるいは便益)を得ることができる。こうした収益がインカムゲインであり、資産の収益率を構成するもう一つの主要な要素である。

キャピタルゲインとインカムゲインの両方を考えることの重要性

ここまでの内容を整理すると、資産の収益率はキャピタルゲインとインカムゲインの合計として構成され、その期待値(平均)は、無リスク収益率とリスクプレミアムの合計に等しくなる。したがって、資産の収益率を評価・比較する際には、キャピタルゲインとインカムゲインの両方を合算して考える必要がある。この合算値は「総収益率(トータルリターン)」と呼ばれる。

たとえば、株式を考えてみる。企業によって利益のうちどの程度を配当として支払うか(配当性向)は異なる。このとき、配当収入といったインカムゲインのみに注目したり、株価の変動によるキャピタルゲインだけをもとに収益性を判断したのでは、その株式の本来の収益率を正確に捉えることはできない。

不動産投資についても同様である。地代や賃料といったインカムゲインはもちろん重要だが、不動産そのものの価値がどのように変化しているか、すなわちキャピタルゲインの部分も含めて評価することが不可欠である。特に、オフィスビルやホテルのような資産は、建物自体が年数とともに減価償却されるだけでなく、築年数の進行により市場価値や魅力が低下する傾向があるため、キャピタルゲイン(またはロス)を正確に見積もる必要がある。

債券についても同様である。一定間隔で支払われるクーポンというインカムゲインに加え、金利の変動によって債券価格が上下することでキャピタルゲイン(あるいはロス)が発生する。債券の価格変動についての詳細はここでは扱わないが、収益評価にあたってはこの点も重要である。

注意点

ここまで述べてきたように、資産の期待収益率(すなわちキャピタルゲインとインカムゲインの期待値の合計)は、無リスク収益率とリスクプレミアムの合計として表される。このような枠組みでの議論は、資産価値を分析する上で有用であるが、いくつか注意すべき点が存在する。

以下に挙げる三つの観点が特に重要である:

  • 個別資産のリスクと市場全体のリスクは異なる。
  • 複数資産間のリスクの相関関係も重要である。
  • 投資主体の状況によってリスクの感じ方が異なる。

まず第一の点について、株式と株式市場を例に説明する。個別株はさまざまな要因によって価格が変動するが、すべての株が常に同じ方向に動くわけではない。複数の株式、すなわちポートフォリオを保有することで、個々の株価変動が互いに打ち消し合うことがあり、結果としてポートフォリオ全体のボラティリティは、個別株のボラティリティの加重平均よりも小さくなる場合がある。

しかしながら、いくら分散投資を行っても、市場全体の動向に起因するリスク、すなわち市場全体のボラティリティは消せない。これが「市場リスク」あるいは「システマティックリスク」と呼ばれるものである。つまり、個別株のリスクは「固有リスク」と「市場リスク」に分解されることになる。

次に第二の点、資産間のリスクの相関について述べる。たとえば、株価の変動と不動産価格の変動に相関がなければ、株価が下落しても不動産価格が必ずしも下がるとは限らない。そのため、株式と不動産の両方を保有することで、リスクの一部を相殺できる可能性がある。

一方で、両者の価格変動が完全に連動している場合、株価の下落に伴って不動産価格も下落するため、同時に損失を被ることになる。このような状況ではリスク分散効果は得られない。逆に、両者が逆相関の関係にあれば、一方が下落した際にもう一方が上昇するため、ポートフォリオ全体の安定性を高めることができる。実際の経済では、株価と不動産価格は緩やかに正の相関を持つことが多いため、完全なヘッジとはならないが、ある程度のリスク分散効果は期待できる。

最後に第三の点として、投資主体の置かれた状況によって、同じ資産であってもリスクの評価が異なる場合がある。たとえば、5年満期の定期預金を多数抱える銀行を考えよう。通常、5年満期の国債は、購入後に金利が上昇すれば価格が下落する(この理由については別稿で詳述する)。しかし、該当銀行は同じく5年満期の定期預金という負債を抱えており、国債から得られる利息と償還された元本を定期預金の返済に充てることができるため、国債価格の変動による影響は軽減される。このように、資産のリスクはその資産自体の性質だけでなく、保有者の負債構成や事業構造にも依存する。

以上のように、ここまで述べてきた資産収益率の関係式は有用な出発点であるが、実際の投資判断においては、資産ごとの特性や保有状況との相互作用、資産間の相関、そして市場全体との関係性といった点を慎重に考慮する必要がある。

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