株式投資は長期投資によってリスクが小さくなるとよく言われる。しかし、この主張に反対する意見もある。反対論によれば、株式の長期投資によってリスク自体は小さくならず、むしろ時間と共に他のリスク資産と同様にリスクは増大していくという。
このように株式の長期投資について様々な主張が出てくるのは、確かに株式投資には株価の変動というリスクがある一方で、長期的には債券投資などよりも高い株式市場のリターンが、株式投資で損失を被る確率を低下させるためである。すなわち、株式投資のリスクとしてどの側面に注目するのかによって、リスクの捉え方が異なってくる。
本稿では、長期の株式投資が持つリスク低下のメリットがどの程度あるのか、またどのくらいの投資期間が必要なのかを分析することを目的とする。
株式市場のリスクとリターン
指数表記
株価の変化は指数関数を使って表すと扱いやすいため、ここでは自然対数を用いて株価の変化を表すことにする。
\(Y\)が次のように\(X\)の指数関数で表されるとする。
\[Y=e^X\]
ここで\(e\)はネイピア数である。
\(X\)が0のとき、当然\(Y\)は1である。\(X\)が0.01のとき、\(Y\)はおよそ1.01となる。すなわち、\(X=0.01\)は1%の上昇に相当する。これに対して、\(X\)が-0.01のとき、\(Y\)はおよそ0.99となり、1%の下落に相当する。このように、\(X\)が0.01変化すると、\(Y\)はおおよそ1%変化することになる。
さらに、\(X\)がおよそ0.7のとき、\(Y\)は2倍になる。これは、1%の上昇が積み重なると、複利効果により\(Y\)の増加幅が次第に大きくなるためであり、1%の上昇を約70回繰り返すと2倍に到達するからである。反対に、\(X\)がおよそ-0.7のとき、\(Y\)はおおよそ半分となる。こちらは逆の理屈による。
自然対数を用いて株価の変化を扱うと、何%上昇・下落といった株価の変動を簡潔に表現することができる。
株式のリターン
まず、この項の議論ではインフレ率を除いた実質リターンを用いることを確認しておく。また、ここで株式市場のリターンという場合には、配当収入と株価の変動の合計を指すものとする。
株式市場の平均リターンとしては5%を採用する。指数表記では0.05である。国や時代、データソースの選択によっては、6%や7%といったより高い値が報告されることもあるが、次に述べる理由から本稿では5%を採用する。
第一に、本稿のように自然対数を用いて議論を進める場合、株式市場の平均リターンの計算には幾何平均を用いるのが適当である。幾何平均を用いると、リターンは算術平均よりも低く算出される。そのため、より低めの値を前提とする方が分析には適していると判断した。
第二に、株式市場の平均リターンの計算には生存者バイアスが働いているとの指摘がある。これは、アメリカのように長期にわたって好成績を収めた国のデータを用いて推計すると、リターンが過大に見積もられる可能性があるというものである。実際には、株式市場の中には長期にわたって停滞している国や、日本の敗戦のような大規模な破局に見舞われた事例も存在する。そのため、生存者バイアスを考慮し、保守的に見積もる必要があるという考え方である。
株式のリスク
株式市場のリスクとして、1年間のボラティリティの標準偏差は22%を採用する。指数表記では0.2である。ボラティリティとは、平均からどの程度乖離しているかを示す指標である。年平均リターンが5%、標準偏差が22%というのは、おおよそ10年に1回程度、1年間で株価が25%以上下落し、同じ頻度で35%以上上昇する可能性があるというリスク水準である。
以上のように、株式市場のリターンを指数表記で表して、年平均で0.05増加し、その標準偏差は0.2であると想定する。これはあくまで概算ではあるが、株式市場のリスクとリターンの関係を把握するには十分な精度であろう。
投資期間とリスクとリターン
投資期間が長期化するにつれて、株式投資のリスクとリターンの関係がどのように変化していくかを確認する。その前に基本的な点を整理しておく。
1年の平均リターンが0.05であるとき、3年間の平均リターンの合計は単純に3倍の0.15となる。これは単なる積算であり、直感的に分かりやすい。
一方、1年の標準偏差が0.2である場合、期間の伸長による標準偏差の増加は平方根に比例する。たとえば、標準偏差が0.4になるのは、期間が4年間のときである。すなわち、標準偏差が3倍になるには、投資期間は9倍必要となる。。
10年
10年後には、\(X\)の平均は0.5となる。これは、年平均0.05のリターンを10年間積み重ねた結果である。株価の中位値(中央値)は約1.65倍となる。これは、指数関数を0.5乗した値、すなわち \(e^{0.5} \approx 1.65\)で計算される。
一方、株価の平均値は中央値よりもやや高くなる。これは指数関数の平均の性質によるものである。株価が下がる場合にはゼロまでしか下がらないが、上がる場合には何倍にも上昇する可能性があるため、この非対称性によって平均値が中央値より高くなることは直感的にも理解できるだろう。
このときの\(X\)の標準偏差はおよそ0.63である。よって、標準正規分布表を用いれば、10年後に株価が開始時点を下回っている確率は約20%程度であることが分かる。
30年
30年後には、\(X\)の平均は1.5となる。これは、年平均0.05のリターンを30年間積み重ねた結果である。株価の中位値(中央値)は約4.48倍となる。これは \(e^{1.5} \approx 4.48\) から計算される。
このときの\(X\)の標準偏差はおよそ1.1である。したがって、標準正規分布表を参照すれば、30年後に株価が開始時点を下回っている確率は約8%であることがわかる。期間が10年のときと比較して、開始時の株価を下回る確率は半分以下に低下している。
50年
50年後には、\(X\)の平均は2.5となる。これは、年平均0.05のリターンを50年間積み重ねた結果である。株価の中位値(中央値)は約12.2倍となる。これは \(e^{2.5} \approx 12.2\) により計算される。
このときの\(X\)の標準偏差は1.41である。したがって、標準正規分布表を参照すれば、50年後に株価が開始時点を下回っている確率は約4%となる。30年間の場合と比較して、開始時の株価を下回る確率はさらに半分に低下している。
長期投資の有効性と注意点
上に示したように、株式市場の長期投資による中位値のリターンはかなり魅力的である。10年で1.65倍、30年で4.48倍、50年で12.2倍となっている。
他方で、株式投資のリスク低下の速度は思ったほど速くはないと感じた読者も多いのではないだろうか。10年で購入価格割れの確率が20%、30年で8%、50年で4%である。しかも、これはあくまで購入時点の価格と比較しての確率である。もし株式市場のリターンを、利回りがプラスの債券と比較すれば、その債券の利回りが低かったとしても、株式のリターンがそれを下回る確率はさらに高くなる。政府が物価連動国債などを発行している場合には、インフレリスクも回避可能であり、安全な資金の投資先としては一層魅力的となる。
このように、長期の株式投資ではリスクが確かに低下していくものの、現実的に人間の寿命に対応する程度の期間では、リスクを極端に小さくすることはできない。したがって、長期投資によって株式市場のリスクをほぼ完全に消滅させるという考え方には注意が必要である。