金融

売上成長率と株主価値

日本の上場企業の経営者が誤解していることの一つとして、売り上げが成長することの重要性と、株主価値への影響の大きさがどれくらいかというのがある。株主価値が伸びるには収益性が向上するか売上が増加する必要がある。だから、どちらも重要なように思えるのだが、それぞれがどのような状況でどれくらい株主価値に効果があるかは、状況による。多くの日本の上場企業経営者は、売上成長の効果をかなり過大評価している。このことについて解説したい。

ROE5%の企業

最低限の収益性の企業として、ROE(Return on Equity 自己資本利益率)5%の企業Aを考えてみよう。最低限必要なROEは、実際の株式市場では7%に近いかもしれないが、ここでは以降の計算を簡単にするために5%を採用しよう。この株式市場の平均的なPER(Price Earnings Ratio 株価収益率)は20倍で一定であるとして議論していこう。この企業の株主資本、利益、時価総額、ROE、PER(Price Earnings Ratio 株価収益率)、PBR(Price Book-value Ratio 株価純資産倍率)が次のようになっているとしよう。

  • 株主資本:100億
  • 利益:5億
  • 時価総額:100億
  • ROE:5%
  • PER:20倍
  • PBR:1倍

ROE、PER、PBRが次のように計算されるのはご存じの通りである。

  • ROE = 利益 / 株主資本 × 100%
  • PER = 時価総額 / 利益 (倍)
  • PBR = 時価総額 / 株主資本 (倍)

この企業は、株主にとっては株主資本と時価総額が同じなので経営者の力で株主にとっての価値を作り出せていない企業である。しかし、少なくとも最低限の収益力は持っており、株主資本の価値を破壊してはいない企業である。

ここで企業Aの売上が1割増えたとしよう。すると、利益は5億の1割の5000万増え5億5000万になるだろう。ここでPERは20倍で一定なので、と時価総額は100億の1割の10億増え110億になる。しかし、売り上げを増やすための資本の増強が必要だろうから、株主資本も100億の1割の10億増え110億になる必要があるだろう。

このように考えると、1割売上が増加した後の企業Aは、株主資本110億に対して時価総額110億となっており、株主資本を時価総額の増加分と同じだけ増やす必要があることを考慮すると、今回の1割の売上増によってなんら企業価値を増加させていないことが分かる。

つまり、ROEが5%の場合売上が1割増加したとしても企業価値は向上しないのである。

ROE10%の企業

では、次のようなROE10%の企業Bを考えてみよう。

  • 株主資本:100億
  • 利益:10億
  • 時価総額:200億
  • ROE:10%
  • PER:20倍
  • PBR:2倍

ROEが2倍になったことを反映して、利益・時価総額・PBRがそれぞれ2倍になっている。企業Bは株主資本を上手く使って経営できており、1の株主資本を2の時価総額に変えることが出来ている株主の価値を増やせている企業である。

ここで企業Bの売上が同じく1割増えたとしよう。すると、利益は10億の1割の1億増え11億になる。ここでPERは一定で20倍なので時価総額は200億の1割の20億増え220億になる。しかし同時に、売り上げを増やすための資本の増強が必要だろうから、株主資本も100億の1割の10億増え110億になる必要がある。

するとどうだろう、企業Bの場合時価総額が20億増える一方でそれに必要な株主資本は10億しか増えていない。結果として、10億分企業価値が増加している。

まとめ

つまり、ROEが5%しかない企業においては売上が伸び利益が増えても、売上を伸ばすための株主資本が必要なために、株主にとっては何の利益にもならないが、ROEが10%の企業の場合には売上が増え利益が増加すれば、増えた利益の半分は株主価値の向上になる。

このように、ROEが高いほど売上が増えた時の株主価値の増加の程度が大きい。だから、株主にとっては並みの収益力の企業の売上が増えることによる恩恵は小さく、収益力の優れた企業の売上増による株主価値の増加は大きい。このように、売上が株主価値の増加に寄与するかどうか、あるいはどれだけ寄与するかはその企業の収益力に依存し、収益力が高い企業ほど売上増が株主価値の向上に直結するのだ。

実のところ、多くの日本の上場企業の収益力では売上増による株主価値の向上の効果はかなり小さい。これが、株主が企業の成長ではなく、配当増や自社株買いを望んでいると感じる経営者が多数いる理由の一つである。売上増が株主価値の増加に大きく貢献するには、まず最初に収益力が向上しないといけないのである。

ここでの説明はかなりの単純化であるが、なぜ株主にとって売上成長の効果が小さいのかについては理解してもらえたと思う。

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